一方通行

「――はい、現地リポーターの田中さんありがとうございました。続いては連日相次いでいる商品の値上げに関するニュースです」
 アナウンサーになって3年目になる小林太陽は、民方のキー局で夕方からのニュース番組を担当している。ニュース原稿を読み上げたり、特集コーナーでのプレゼンなどを行ったりしながら3時間ほどの番組を進めていく。もちろん番組は生放送なのでミスは許されない。とはいえども、さまざまなトラブルが起こりうる。
「――それに対して、農林水産大臣は『あまりに楽観的な見方である』と強く非難しました。では、次のニュースです。馬田市で起きた交通事故現場と中継が繋がっております。佐々木リポーター、聞こえますでしょうか」
 応答がない。よくある音声トラブルだ。
「トラブルが生じたようです、申し訳ありません」
 すぐに音声トラブルは解消しない。原稿の続きを読み上げようと思い原稿に目をやると、原稿はそれ以上先がなかった。それに気づいた瞬間、心臓が波打った。スタッフは何をしているんだ、と目をやると、そこにはいつもどおりのスタッフがいた。確信した。放送事故であると。もうここまで来たら仕方がない。生放送中であるができるだけ平然を装い、震えた声で
「すみません、原稿をいただいてもよろしいでしょうか」
 と言ったが、そこにはいつもどおりのスタッフがいるだけだった。いつもどおりの光景がこんなにも奇妙に見える日が来るとは、自分でも思わなかった。もう正常な判断はできなかった。とにかくこの惨状を映しているカメラから逃れたくて、スタジオから飛び出した。スタジオの外も、いつもどおりだった。とにかくスタジオから離れたくて、人混みの中を全力疾走していた私のことを誰も気に留めることもなく、まるで私がいないかのようにいつもどおりの街が行われていた。

 「聞こえますか、聞こえますか?」
 馬田市の救急隊員が呼びかける。横たわっている男性の反応はない。18時頃、横断歩道を渡っていた男性に自家用車が衝突した。すぐに病院に搬送されたが、未だ意識は戻っていない。